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2015/11/08

種牡馬にしたかった奴ら①

競馬ファン(馬券ファンじゃないよ)なら誰しもが持っていますよね、これ。

私も多分に漏れず、持ちまくっていますので、この辺、語っていきたいと思います。

では、初回は、多くの方に当てはまりそうな定番どころから。

・ブルーイレヴン

日本が産んだサンデーサイレンス。
父サッカーボーイ、母父シンボリルドルフ、それぞれの才能と、何より狂気を、これでもかというくらい受け継いだ逸材。

あの武豊をして「つーか、無理」(もうちょっと正確に言うと「自分には制御できない」的な)と言わしめた、一本ネジの飛んだキ○ガイ。

その伝説となった京成杯での爆走を今一度ご覧になってください。

2003年 京成杯
http://youtu.be/DMEQWYjGA1A

道中、600m〜1200mの間の3ハロンを、騎手と喧嘩しながら33秒2の猛ラップ。
このパフォーマンスだよ、パフォーマンス。これが種牡馬ってやつなんですよ。

この時計、今みたいに、上がり33秒台当たり前の馬場じゃないからね。このレース1着のスズカドリームの上がりは35秒5だし、その年の中山金杯勝ち馬トーホウシデンは35秒1だからね。(いずれもメンバー中最速)

と、強烈な印象を残すも、このレースの後、骨折で1年間の休養を余儀なくされて、復帰後しばらくは調子も上がってこなかったんだけど、この馬の才能が再び瞬きを見せたのが、産経大阪杯。

2004年 産経大阪杯
http://youtu.be/Y_D4N2KKrEQ

同期の2冠馬ネオユニヴァースに、4角馬なりで楽々と外から並びかけ、後は突き抜けるだけ、ってところで病気発動。
まぁ、追えない追えないで結局ズルズル。
ほんと、競馬に向いてない奴だよな。。

そして、続くは、金鯱賞。
この頃はタップダンスシチーの全盛期でして、この年が金鯱賞三連覇の2年目。前年にJCを制し、次走で宝塚記念も制する最充実期の完全楽勝勝ちパターンのレースだったのだけど、外から一頭だけ、猛烈な末脚でアタマ差まで迫ったのがブルーイレヴン。二頭の二馬身半も後ろには、同期のGⅠホース、ザッツザプレンティがいました。

これね。

・・と思ったけど、youtubeに映像ねーでやんの。。(すっげぇ画質悪いのはあったけどね。)見られる方はJRAレーシングビュアーでぜひ。。

その後、関屋記念を勝っただとか、毎日王冠でも3着に入っただとか、さらに言えば、ここで取り上げた復帰後の2戦であるとかもどうでもいいんです。

この馬のベストパフォーマンスは何と言ってもあの爆走を見せてくれた京成杯。

しつこいけど、もっかいこれ。
http://youtu.be/DMEQWYjGA1A

種牡馬は、レースで勝った負けたじゃないんだよ。才能なんだよ。

繰り返しになるけれど、あの線が一本切れたような気性は、名種牡馬と言われる馬だけが持っている才能であったと、今でも思っています。

もったいない。本当にもったいない。


・ジャガーメイル

丁度、今週、旬なタイミングなんでね。

スクリーンヒーローの種牡馬としての大活躍はご存知の通り。
そして、種牡馬入りの原動力となったのが、4歳秋のアルゼンチン共和国杯→JCの連勝なわけだけど、実はそのアルゼンチン共和国杯は準オープンの身での格上挑戦。その一つ前の準オープン戦、オクトーバーS、舞台はJCと同じ府中の2400mで、同じ4歳馬に完敗しているのは人々の記憶からは消されようとしています。

勝ったのは、そう、ジャガーメイル。

レースはこちら。

2008年 オクトーバーS
http://youtu.be/b0SZgMI82Pc

「"完敗"って、お前、ハナ差じゃねーか」って言いたくなるかもしれないけれど、このレースはハンデ戦で、ジャガーメイルは58キロ、スクリーンヒーローは56キロと2キロ与えてのレースだったんですね。で、相手は十分に力を発揮してのものなので、これはもう完勝と言っていいでしょう。

そして迎えたアルゼンチン共和国杯。
ただ、今度は斤量差さらに離れて3キロ差。「ハナ差だったのに何で1キロも広がってるんだよ!」と言いたくもなるところですが、そこがそのまま結果に繋がり、今度は捉えきれずの2着に終わってしまいました。

つーか、すぐ後にJC勝つ馬相手に、3キロも与えたらさすがに勝てんよ、っつーの。どんだけ化け物だったら勝てるんだよって話。

でもって、アルゼンチン共和国杯を勝ったスクリーンヒーローは、JCに出走でき、そこで勝ち、種牡馬入りできて、今ご存知の大活躍。だけど、不当に負けさせられたジャガーメイルは、JCには出られず、旬なこのタイミングでJCに出られず、ベストとも言えるこのタイミングでJCに出られず、その影響もあって、その後、不安定なローテで調子を崩し、残り香で春天は勝ったけれども、結局、種馬選定の主要とされるGⅠには勝てずで、引退→乗馬となってしまいました。

ジャングルポケット産駒としては、昨年トーセンジョーダンが種牡馬入りできて、それ自体は本当に良かったけれど、この馬こそが、ジャンポケの本質を最も引き継いだ馬だったと思うんですけどね。
それ言ったら、さっきのブルーイレヴンも最もサッカーボーイだったよなぁ。。

悔しいなぁ。


・フラムドパシオン

クロフネの初年度産駒だけれど、いまだもって、クロフネの最高傑作であり、正当後継種牡馬たる逸材。

日本における、ダートで見せたパフォーマンスは、以下の通り。

2歳500万下
http://youtu.be/apTPMRavlno

このレース、同日の古馬準オープン戦より時計が速かったっす。

ヒヤシンスS
http://youtu.be/5ERkD0sQoT8

実況アナの「これは強い」まさにそれ。

そして、3歳春に遠征したUAEダービーでも、勝ったディスクリートキャットにはぶっち切られたけど、インヴァソール(このレースの後、BCクラシックやドバイワールドカップなどGⅠ6連勝)には先着していて、おそらく、遠征と普段とは異なる馬場で、本来の力は発揮できなかった中で、そして成長途上の過程の中で、十分とも言えるパフォーマンスを見せてくれました。

ただ、結局この遠征が仇となったか否かの因果関係は何とも言えませんが、日本帰国後の調教で屈腱炎を発症し、2年以上ものブランクを余儀なくされることになります。

復帰後も、条件戦で圧倒的なパフォーマンスを見せてはくれたものの、この馬本来のものでは到底なくて、結局、真の強さを見ることはできないまま、そして最後もわけのわからない使い方で壊されてしまい、引退を余儀無くされることとなってしまいました。

2歳〜3歳のほんの数ヶ月とはいえ、あれだけのパフォーマンスを発揮してみせたことと、母系も、母がエアグルーヴの全妹と筋通りまくり。加えて、サンデーサイレンスの血も持たず、相手には困らない状況であり、種牡馬にしない要素が全く無いにもかかわらず、種牡馬入りできずという意味不明なことに。

今年、マイネルクロップが、クロフネ産駒として初のダート重賞を、今更も今更、ほんと今更に制したけれど、この馬がもうちょっと、ほんのちょっとだけ無事だったら、余裕で重賞勝ちまくってたっつーの。

そして、クロフネの夢を引き継げるのは、この馬であり、この馬の産駒だったっつーの。

あー、ほんとにもったいねぇよぉ。。
何とかならんかったもんですかね?

彼らが種牡馬入りしていたら、今の競馬界、もっともっとバラエティに富んだ豊かなものになっていたはずなのにね。

悔しいよ。本当に悔しい。

・・思いがけず、各馬熱くなってしまいました。。

本当は5頭紹介するつもりだったけど、長くなりすぎたので、今回はここまでと致します。

なんだか、続きを早く書きたいな。
つーことで、お楽しみにしててくださいませ。
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